レフ・ヴィゴツキー

レフ・ヴィゴツキー(英 Lev Semenovich Vygotsky; 露 Лев Семёнович Выготский)、(1896-1934)。


ヴィゴツキーは旧ソビエト連邦出身の心理学者である。初期ピアジェからの強い影響を受け、主に児童の精神発達と言語発達の研究に力を注いだ。認知科学業界で認知発達への関心が強まり、近年再評価が高まっている。


テーマ


心理学方法論・意識

ヴィゴツキーの初期の研究は、心理学方法論と意識に関するものだった。反射学批判(1924)、行動の心理学の問題としての意識(1925)、反射学的研究と心理学的研究の方法論(1926)、心理学の危機の歴史的意味(1927)では、行動主義が意識の問題を扱っていないことを批判した。


心身問題・情動と思考

1920年代後半から1930年代前半にかけて、ヴィゴツキーは心身問題および情動思考の問題に取り組んだ。心理学の危機の歴史的意味(1927)では、従来の心理学が心身問題を扱っていないことを批判し、心理・意識・無意識(1930)では、心身過程は物理的に見れば生理学的過程であり、精神的に見れば心理学的過程であるが、両者は表裏一体であるとして、心身一元論の立場を表明(ヴィゴツキーはスピノザを高く評価しており、スピノザの論を多々引用している)。

情動に関する学説(1933, この時点では未刊)では、情動の問題で心身二元論が破綻したことを踏まえ、情動と意識の相互作用について論じ、思考と言語(1934)では、思考は別の思考から生じるのではなく、感情的・意志的傾向から生じるとして、各心理機能間の相互作用を明らかにしようとした。


発達・心理学的道具

1920年代末から、ヴィゴツキーは子どもの発達の問題にも取り組みはじめた。子どもの文化的発達の問題(1928)、心理学における道具的方法(1930)、子どもの発達における道具と記号(1930)、高次心理機能の発達史(1931)では、心理機能(注意、記憶、言語、推論など)が、心理的道具(記憶法、数や数え上げのシステム、スキーマ、表や図、記号)を媒介として発達するという理論を提唱した。
 
1930年前後のヴィゴツキーは、各心理機能の個別の発達を研究していたようだが、その後、児童の発達過程について論じた年齢の諸問題(1934)においては、中心的機能が副次的機能を規定するというシステムを想定し、その中心的機能が交代することで質的に異なる発達段階へと移行するという発達理論を提唱した。つまり、ここでは心理機能間の相互依存的な発達を研究しているようである。
  
心理的道具を媒介とした発達の理論は、一方で、心理機能の発達は、文化的歴史的背景に埋め込まれた相互作用の内化であるという文化歴史理論に、他方では、人工物が主体と対象の間を媒介し、ルールが主体と共同体の間を媒介し、分業が共同体と対象の間を媒介するという活動理論につながる。


教授・学習

思考と言語(1934)において、子どもが自分で解決できる水準と、仲間との協同によって解決できる水準の隔たりを、発達の最近接領域と呼び、教育はこの領域に働きかけるべきだとした。その際、年長者は、年少者と(特に言語的に)相互作用しあうことにより、彼らをより高い概念理解の水準へと導く役割を果たす。このような支援は足場かけと喩えられた。
 
また、能力とは、発達が完了した段階での精神機能を指すのではなく、他者の指示や協力を得て問題解決できる力を指すと考えた。


心理的道具を媒介とした外界(特に他者)との相互作用を重視し、知識を個人内の閉じたものと捉えるのではなく 身体と外界の相互作用の中で構成され、分散して存在するものと捉えている点で、ヴィゴツキー理論は社会的構成主義に分類される。


関連する理論との共通点と相違点


スピノザの心身一元論



ピアジェの構成主義



バフチンの言語理論



エンゲストロームの活動理論



業績(論文・著書)

反射学批判(1924)
行動の心理学の問題としての意識(1925)
反射学的研究と心理学的研究の方法論(1926)
心理学の危機の歴史的意味(1927)
子どもの文化的発達の問題(1928)
人間の具体的な心理学(1929)
心理学における道具主義的方法(1930)
子どもの発達における道具と記号(1930)
行動の歴史に関する試論(1930)
心理・意識・無意識(1930)
高次心理機能の発達史(1931)
情動に関する学説(1933, この時点では未刊)
年齢の諸問題(1934)
思考と言語(1934)


参考

別冊


執筆者

HARU(テーマ以降追加)

  • 最終更新:2008-11-26 03:52:05

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