認知科学

認知科学とは



認知とは

認知科学(英 Cognitive Science)は、認知を研究する学問をまとめて呼ぶときの言葉である。だからこそ認知科学をわかるためには、そもそもの研究対象である認知とは何かを知ってもらうのが手っ取り早い。ということで早速、認知について説明していこう。


「認知とは何か?」研究者によって多少の「ブレ」はあるが、一般的な結論をまず簡単に言っておく。認知(英 cognition)というのは早い話、人や動物等の知的な活動を広く指す言葉である(後で詳しく述べることになるが、人や動物「等」という箇所が実はミソだったりする)。


さて、これから述べていく認知という言葉は、先にいっておくと紛らわしいが「子どもの認知」、「犯罪集団の存在を認知」と言った「社会的存在として認める」という報道・法律的な意味の「認知」とは余り関係はない(道又, 2002)。ここでの認知は、大雑把な言い方ではあるが「頭を使ってする活動全般」という意味ぐらいに思ってもらえばよいだろう(その意味ではさらに紛らわしいが「子どもの認知」も認知活動の一つだ)。


認知の意味の幅広さ

抽象的な話をいくらしてもなかなかイメージをもてないと思うので、続いて認知についての具体的な話をしていこう。認知がいかに身近なものか、そしてその意味が広いかを知ってもらえるはずだ。


例えば、今あなたの目の前に椅子とテーブルがあるとしよう。また、テーブルの上にはレモンと鉛筆と紙だけがあるとしよう。


たった今、椅子やテーブルが「ある」と書いたが、より正確に言えば、あなたに椅子が「見えている」からこそ「ある」と理解できるのだ。ではどのように「見えているのか」。現在考えられている理由は、まず光が複雑に屈折してあなたの目(認知科学的には視覚系という)に入り、続いて輪郭や色味として心にインプットされる。さらに、レモンなどなら「香り」などのプラスアルファの情報が加わる。


そして、心の辞書のようなところで、入力された情報が照合される。そして目の前のものに対して「これはレモンです」と結果が返ってくる。あなたはここではじめて(といってもほんの一瞬だが)「見えた」ものがレモンであり、レモンが目の前に存在するのだと理解できるのであると考えられている。


こういった光などの物理的な情報が体に入り、理解される一連の流れは「感覚」・「知覚」と呼ばれているが、これも認知の一種である。あなたが意識していないだけで、頭や心は結構考えてくれているものなのである。


さて、今度は意識して頭を使った認知の場合を述べよう。せっかく鉛筆と紙を用意したので、まず二つやってみよう。まずは、紙に「れもん」を文字で書いて表すとしよう。ひらがな(れもん)、カタカタ(レモン)、漢字(檸檬)、英語(Lemon)などであなたはレモンを書き表せるだろう。いずれもレモンを指す言葉であるが、どれで書き表すにせよ一度は頭の中の言わば「My辞書」に頼って「言葉に変換」する必要がある。実は、この作業のように言葉を使うことも言語処理と呼ばれる認知の一つだ。


さらにもう一つ。今度はデッサンをしてみよう。あなたは鉛筆を使って目の前のレモンの輪郭を描き始める。描いていくうちに、ここは結構デコボコがあるだとか、影が下の方に出来ていることを発見し、それをどう紙の上に表わそうか悩み考えるかもしれない。こういうタッチの方がよりみずみずしさを表現できるのではないかと。つまり、あなたは意識して、レモンの形や色味、雰囲気やみずみずしさといった情報を、言葉にしてその都度、記憶して、手に命令して情報を再現しようとすることになる。こういった複雑な処理すら認知なのである(もうおわかりの通り、デッサンには感覚、知覚、記憶、言語処理、思考、手の運動といった複雑な要素がふんだんに盛り込まれている)。


さらにはレモンを目的の位置に投げるだとか、鉛筆を上手にテーブルの上に立ててみるとか、椅子の上に立ってみるなど、例に挙げたたったこれだけという環境の中ですら様々な認知活動を引き出すことが出来るということは容易に想像して頂けるかと思うし、また日常においては私たちが常にと呼べる程、認知をしていることも想像して頂けるかと思う。また、認知という言葉の意味の広さ、「(意識するしないにかかわらず)頭を使ってする活動全般」であること、の意味がおわかり頂けたのではないかと思う。


ちなみに冒頭で「人や動物等」と言ったことに関係する話であるが、認知科学では、今のレモンを書/描き表す例でも、人ではなく、自分たちと違う文化や言語を有している外国の人の場合や赤ちゃんの場合、人工知能やロボットの場合、もしくは霊長類の場合などについてはどうなのか、さらには地球以外の星だったらといったことも、汗水流し大まじめに考えたり研究している。


主な研究対象と関心分野


 



語義

認知科学という言葉は、以上のような様々なテーマ・分野の研究を、複数の分野が交流しつつ学際的に扱う科学グループの総称という意味合いが非常に強い。しかしながら交流はありながらもそれぞれの領域では研究法の独自性が保たれる傾向もあり(例えば神経学、心理学、人工知能研究などでは研究の方法が伝統的に違い)、ジョージー・ミラーのようにCognitive Sciencesと複数形での表現を提案する学者もいる。


また認知において特に発達に関心を持つ分野の場合には、認知発達心理学と呼ばれることもある。また、認知科学と神経科学がもともとは独立していたことから、神経科学の知見を重視する場合に認知神経科学と呼ばれたが、この呼び方は現在も残っている。


誕生背景と発展 

詳細は認知科学の歴史の項にて述べるとし、ここではその概略のみを述べておく。いわゆる電子計算機の原型を産んだ第二次世界大戦終了後の1950年頃から徐々に科学者者たちの間で、人間の知的活動に関する研究を統合しよう、また相互交流を重ねて新たなるアイデアを産もうという動きが起こる。そこで当時の実験心理学神経科学哲学人類学人工知能 研究、言語学 の研究者のうち、特に人間の知的活動に関心のある者たちが活発に意見を交わすようになった。


この動きは1956年にアメリカのダートマスで行われたいわゆるダートマス会議というシンポジウムで、ジョージー・ミラーノーム・チョムスキーウォーレン・マカロックハーバート・サイモンらの研究により、認知革命として結実したとされている。


こうして誕生した認知科学であるが、当初は人工知能と認知心理学的な研究を中心に、人間を情報の受発信装置として、いわば人を計算機に見立てた上で心理実験を通じてデータを採り、そのデータを元にモデルを構築し、それをプログラムで検証するという手法が主流であった。いわゆる計算主義が中心だったのである。この研究法の発想は今も認知心理学に深く受け継がれている。


しかしながら、やがて1980年代頃から脳の研究が活発になり、それまでの研究の蓄積を脳の神経活動と照らし合わせようとする動きが急速に進むこととなった。ここで重要であるのはコネクショニズムという立場が登場すること、また脳に疾患のある患者たちの研究が行えるということで神経科学者や医学者らの役割の重要性が増したという点であろう。


さらに近年では、人間のみならず人間を取り巻く環境の重要性が見直され始めた。この背景には、環境とのどのような相互作用において人間の知能は発達するのか、また霊長類内で進化を辿ってきたのか。という問題意識がある。アフォーダンス理論で有名なジェームズ・ギブソンの生態心理学などの重要性がようやく認識されたことが大きいと言われ、近年の進化心理学や文化心理学、発達心理学の心理学業界内のブームにも一役を買っている。


以上のように現在の認知科学においては、人間の認知活動を研究するという理由であれば、心理実験を行ってもよし、社会調査や脳波採取するもよし、未開の地のフィールドワークや進化のための生物研究をするもよし、ロボット制作をするもよしと調査方法は百花繚乱であり、認知科学の全体像は一流の認知科学者と言えども正確な把握は出来ていないのではなかろうかと筆者は想像する。


ただ、総括すれば、認知科学は誕生以来、急速に機械の見立てから現実を生きる我々により近いレベルのモデルを練り上げるようになってきたと言えよう。環境と発達といったことを念頭に置きつつ、脳の研究を中心とした神経科学のデータから具体的な理論構築を行っているのが現在の認知科学の実情と筆者は考えている。


主な関連項目



註釈

1

「認知科学」における認知の項について補足をしておく。ここで述べている認知は、認知科学の研究対象として最も広い意味の「認知」である。言い換えれば、認知科学の研究対象や関心事について一般的な形で書いたと言ってもいい。
このように注意書きをするのは他でもない、認知科学における認知にも今まで述べてきた広い意味の「認知」と、より狭い「認知」の2種類の意味合いがあるからだ。
後者について具体的に言えば、広い意味での「認知」が感覚や知覚、運動(の制御)なども含めたものであるのに対して、より狭い「認知」では、感覚知覚と同様の情報処理プロセスの一段階を指すために使われる。
狭い意味の認知の用例は例えば、光などの物理的な感覚情報が、意味(三角と四角)の要素を伴う知覚情報に変換され、各々の知覚情報が認知レベルで統合され、家のシンボルマークとして理解されるといった場合であろう。この文章での「認知」は、感覚・知覚と同じ情報処理のプロセスのステップを指す意味合いで使われている。
特に認知心理学神経心理学、感覚心理学の領域では、認知という言葉はこの狭い意味での用例が多く、知覚とほぼ同義の意味合いで使われることも少なくない。
あわせて知覚とほぼ同義ということに絡めて加えておくと、狭い意味の認知においても細かい区分がある(学術用語の区分はやろうと思うとキリがないが…)、まず感覚レベルに近い比較的単純な認知は「低次レベル」と呼ばれることがある。また、思考や文化活動などの様々な知覚・認知要素が絡む認知(上述のデッサンの例を参照)は高次レベルと呼ばれることがある。そして、低次とも高次とも呼べない範囲の中間レベルは、ミッドレベルと呼ぶことがある(詳しくはミッドレベル・ヴィジョンを参照のこと)。


参考文献情報





執筆者

DDA

  • 最終更新:2008-12-05 04:57:23

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